Tractable
23.12.2022
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すべては「人のために」。 損保ジャパンとトラクタブルの、伸び代しかないDX戦略 - 損害保険ジャパン株式会社 執行役員CDO DX推進部長 村上明子
ブランドスローガン「安心・安全・健康のテーマパーク」のもと、主力である損害保険ビジネスを軸に、さまざま社会問題と向き合ってきた損害保険ジャパン株式会社(以下「損保ジャパン」)。2021年4月にDX推進部を設立し、AI活用をはじめとするデジタル活用による社内風土、業務プロセス、そしてビジネスモデルの変革に一気通貫で取り組んでいます。
これを機に、外部企業より損保ジャパンに参画したのが執行役員CDO・DX推進部長の村上明子氏です。IT会社で人工知能ソリューションの研究開発をリードし、企業のDX支援の知見も豊富な同氏。損保ジャパンにおけるDXの取り組みと、同分野でパートナーシップを結んだTractable(以下「トラクタブル」)との協業についてお話を伺いました。
(聞き手:カスタマーサクセス部門 日本兼APACヘッド 山村明)
“100%のAI”を求めると、現代の早い変化についてゆけない
――早速ですが、貴社のDX戦略の全容について教えてください。
村上明子氏(以下、敬称略):DX推進部ができてから、やはりデジタルというところに着目されがちなのですが、当社としては人を中心に考えていまして、「人を助けるデジタル」というところを考えています。
まず、社員全員が抵抗感なくデジタルを活用できる風土をつくることが基本(DX1.0:会社風土改革)。その先に、圧倒的な生産性の向上(DX2.0:業務プロセス変革)。そして、ビジネスの拡大(DX3.0:ビジネスモデル変革)があります。
さらには、交通事故や災害などの膨大な過去データが蓄積されている保険会社として、社会課題の解決(DX4.0:社会変革)も目指す所存です。ただし、これらを順番にやっていくのではなくて、同時並行で一気に進めていこうというのが弊社の考えです。
※ DX1.0 から DX4.0 の関係(損保ジャパン提供資料)
――DX戦略から見たトラクタブルの位置づけを教えていただけますでしょうか?
村上:DX1.0(会社風土改革)の説明において抵抗感と言いましたが、本社が良かれと思って提供したことが現場に受け入れられないことはデジタル施策でよくあることです。特に、AIに対して「人の仕事を奪う」というイメージを持つ人もいます。
そこにおいて、2021年導入した貴社の「AI
Review」(車両損害事案をAIが自動チェックし、工場修理見積の妥当性を検証するソリューション)は、まさにアジャスターの仕事を助けて効率化するのが目的のプロダクトです。AI Reviewが全事案をスクリーングして軽微な事案を自動チェックしてくれることによって、アジャスターはより複雑で専門性を要する業務に注力できるようになります。
私たちはDXを推進する立場として、エンドユーザーであるアジャスターの方々に導入の先にある未来の世界を丁寧に説明しています。さらには実際の業務のなかで、その効果を継続して体感してもらうことで「AIに対する信頼感」を高めるのが、DX1.0にあたると考えています。
デジタル分野に限らず、変化のスピードの速い現代において信頼感は重要です。AIはデータの蓄積によって精度を増すため、最初から“100%のAI”を求めるがあまり、受け入れを躊躇していたら、絶対に変革スピードが追いつきません。
だとするならば、先進的な技術を受け入れる土壌づくりが必要。AIが確実にもたらす効率性を信頼し、活用しようとするマインドセットが重要だと思います。
人同士も見解は一致しない。自分の正解が、他者の正解と違う可能性を認めることから、私たちはスタートしなければならない
村上:DX2.0(業務プロセス変革)は、ちょうど貴社の「AI Estimating」(自動車の損害額をAIで自動算出するソリューション)にあたるでしょう。
このプロダクトによって、軽微な車両事故に遭われたお客様は、修理を行うかどうかの判断などを自動車整備工場に持ち込む前にご検討いただくことが可能になります。
従来の業務プロセスにおけるパーツをAIに置き換えるだけではなく、従来のやり方、業務プロセス全体までを変革できるプロダクトです。
――最初に「人を助けるデジタル」としてのAI活用というお話がありました。人間でもAIでもミスはやむをえず起こるのが現状ですが、これからAI活用していくうえで、AIのミスをどのように受け止めたらいいのでしょうか?
村上:AIに長年携わるなかで、そこが一番のチャレンジだと感じています。人は他者に対して“100%の正解”を期待する気持ちがあるもの。しかし、一度社会に出たら、絶対的な正解なんてないんですよね。
簡単な事案の場合は、各人の正解が100%一致することもあります。しかし難しい事案になればなるほど、人による見解の違いがどうしても出てくるものですから。
つまり、何をもって“100%の正解”とするのかは、実は哲学的な問題です。自分の正解が、他者の正解と違う可能性を認めることから、私たちはスタートしなければならないんです。
自分も他者も100%でないことを受け入れるのは苦痛です。でもそれを許容しなければ、世界を広げることはできません。AIの導入も、100%ではないものをいかに受け入れ、どのように業務で活用していくかを考える契機になるでしょう。
トラクタブル社のAIに対する真摯な姿勢が、複数プロダクトを採用する決め手に
村上:社内で蓄積されたデータをもとにAIを活用して、企業としてできることを拡張していくのがAI ReviewやAI Estimatingであるとするならば、外部データも活用していくのがDX3.0(ビジネスモデル変革)です。
たとえば、貴社の「AI Property」(建物の損害額をAIで自動算出するソリューション)と連携した「SOMPO建物スマート見積(仮称)」は、自社データだけでなく、建物部品などさまざまな外部データも活用することで、被災されたお客様に対して迅速な損害サービスを提供する取り組みです。
お客様が日常を一日でも早く取り戻すため、保険会社として少しでも貢献することを目指すもので、DX4.0(社会変革)にもつながるものと期待しています。
――弊社の複数AIプロダクトを採用され、同時展開いただくなかで、手応えはいかがでしょうか?
村上:AIと対峙してきて感じるのは、参照するデータのモデルよって、精度が大きく違ってしまうことです。それから、AIは基本的に過去のデータをレプリカするため、自分たちのポリシーが変わった場合には、変化した部分を補完するためにモデルをアップデートしなければなりません。
“データは生き物”で扱いが難しいですが、「モデルの精度」や「モデルに対する考え方」は、プロダクトは違っても、同じ会社のなかでは統一した規格があると思います。
一社で複数のプロダクトを展開する貴社のような企業と、まず一つのプロダクトでご一緒させていただくことで、AIモデルに対するアプローチを確認することができます。そこで得られた信頼感をもとに、他のプロダクトを展開するのは、企業として非常に効率的です。
また最初のプロジェクトで見せていただいた、貴社のAIに向き合う真摯な姿勢も、他のプロジェクトでも協業する際の信頼感につながりました。
AI変革は「ビジネスプロセスの変更」と「人の行動変容」の両輪で
――貴社DX全体におけるAI施策について、短期、中期、長期といった視点で考えられていることはありますか?
村上:そもそも、ビジネスのプロセスの一部をAIで置き換えても効果は発現しません。一部がAIに置き換わった後、それを使う人の行動変容があってはじめて、効果につながっていくと考えています。ですから、長期戦で人の行動変容まで追いかけていかなければならないと常々考えています。
その意味では、短期的にはAIによる効率化、中期的には人の行動の変容。長期的には、AIを使うことによって、ユーザーの専門性っていうものがどう変わっていくのか。あるいは、全社的な品質がいかに向上していくのかを、それぞれしっかり見ていく。
その全てを横串でつなげるのが、弊社 DX の試みです。まさに AI を使うのが目的なのでなく、 AI を使った結果として、どこまでもユーザーに寄り添い、ユーザーのためになるのが目的です。
損害調査の現場でAIが今日まさに使われているかで、将来のデータ活用に差が出る。損害調査領域へのAI活用は、お客様視点でもDXの柱
――最後に、今後弊社に期待することをお聞かせください。
村上:保険商品を開発して販売し、顧客の保険を保全する。そして、何か起これば保険金を支払うのが弊社のビジネスモデルですが、現在すべての領域においてデジタル、とりわけAI活用の可能性が顕在化しています。
なかでもトラクタブルAIを活用する保険金支払いの領域は、保険企業において唯一のご契約者様との直接的な接点。しかも、事故や天災など、辛い局面におかれているご契約者様に対しての業務となります。
ですからこの損害調査業務における AI 活用は、 DX の柱の一つであることは間違いありません。支払い業務における AI 活用と、そこで蓄積されたデータを全体に活用していくことも近い将来求められるでしょう。貴社との協業は、伸び代しかない領域だと捉えているため、今後もチャレンジを止めることはありません。